← AIは人を奪うのか、それとも解放するのか──ドラッカーの人を活かす視点で考える【ドラッカー研修・社員研修・人材育成】

この記事でまとめたこと
初任給37万円という数字に惑わされてはいけない
今日は、【日本経済新聞・2025年12月22日】にある
「新卒初任給37万円へ引き上げ。柳井氏『世界に比べまだ低い』」
という記事について、人を活かす経営とは何かを、ドラッカーの視点から考えてみたいと思います。
賃上げの本質とは何か――金額の話ではない
―――――< 記事の要約 >―――――
ファーストリテイリングは、2026年春入社の新卒社員の初任給を37万円に引き上げると発表した。6年間で16万円の増額となり、国内大手企業の水準を大きく上回る。背景には、海外との賃金格差、人材の国外流出への危機感、AI活用を含む「情報製造小売業」への進化に必要な高度人材の確保がある。好調な業績と北米・欧州での成長を土台に、柳井正氏は「報酬を上げなければ、優秀な人に選ばれない」と語り、業界全体のイメージ転換も視野に入れている。
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このニュースを「賃上げ競争」「体力のある大企業の話」と片づけてしまったとしたら、経営者として極めて危険です。
本質は金額ではありません。「人は、どこで働くかを選ぶ時代になった」という現実です。
もう少し正確に言えば、賃上げの本質とは、経営者が「この人と、どういう関係を結びたいのか」を金額という形で世の中に差し出す行為です。だから同じ「1万円の昇給」でも、意味はまったく違ってきます。人手が足りないから仕方なく上げたのか、それとも、この人と本気で長く働きたいから上げたのか。金額は同じでも、受け取る側にはその温度差が驚くほど正確に伝わります。
賃上げの本質を「相場に合わせる作業」だと捉えている限り、いくら払っても人は根づきません。逆に、金額そのものより、その金額に込めた思想のほうが人を動かすのだ、と気づいた会社から、静かに人が集まりはじめます。
人は「雇われる存在」ではない
ドラッカーはこう言っています。
「人は雇用される存在ではない。協働する存在である。」
人が協働を選ぶ基準は何か。給与はその“入口”にすぎません。しかし入口で選ばれなければ、理念も成長も語られることすらない。
柳井氏の「世界に比べまだ低い」という言葉は、日本企業の多くが国内基準という内向きの物差しで経営していることへの警鐘でもあります。
「雇う側」と「選ばれる側」が逆転した
ひと昔前は、求人を出せば人が来ました。だから経営者は無意識のうちに「雇ってやっている」という立ち位置に立っていた。しかし、いまは違います。応募者は、その気になれば同じ日に何社でも比較できます。給与だけでなく、口コミサイトの評判、社長のSNS、離職率、残業の実態まで、入社前に丸見えになっている。
つまり、選ばれているのは会社のほうです。この主客の逆転を腹の底で理解できているかどうかが、これからの採用と定着を決定的に分けます。「人が辞めない会社」とは、待遇で縛る会社ではなく、その人が自分の意思で「ここで働き続けたい」と選び直し続けてくれる会社のことなのです。
賃金とは「思想の表明」である
私の著書『ドラッカーが教えてくれる 人を活かす経営7つの原則』で一貫して伝えているのは、
賃金とはコストではなく、思想の表明であるということです。
ファーストリテイリングの賃上げは、原則⑦「人を活かす会社」、そして原則⑤「リーダーシップ確立」の実践です。
柳井氏は「AIを使い、顧客ニーズを分析し、無駄を省く」と語っていますが、AIが価値を生むのではありません。
AIを使いこなす人間の知恵と責任感が価値を生むのです。
会計の帳簿の上では、人件費はコスト、つまり「引き算」の項目として並びます。しかし経営の実感としては、まったく逆です。人に払うお金は、未来の成果を生み出すための「投資」であり「足し算」です。この一点を取り違えると、業績が苦しくなったとき、真っ先に人への投資を削り、そのせいでさらに成果が落ちる、という下り坂に入ってしまいます。
賃上げと生産性の関係を正しく理解する
ここで、多くの中小企業経営者がつまずく論点に触れておきます。「賃上げすれば生産性が上がるのか、生産性が上がってから賃上げすべきなのか」という順番の問題です。
結論から言えば、両方が同時に回りはじめる状態をつくるのが経営者の仕事です。順番を固定して考えると、たいてい動けなくなります。
賃上げが先か、生産性が先かという問い
「生産性が上がってから賃上げする」と決めている会社は、一見すると堅実に見えます。しかし現実には、その会社の優秀な人ほど、賃上げを待たずに他社へ移ってしまう。残った人だけで生産性を上げろと言われても、土台が痩せていく一方です。
一方で、成果の裏づけもないまま賃上げだけを先行させれば、原資が続かず、いずれ賃下げか撤回に追い込まれます。それは人の心を最も冷えさせるやり方です。だからこそ、賃上げと生産性は「どちらが先か」ではなく、「どうやって連動させるか」で考えます。
中小企業で賃上げと生産性を連動させる手順
実務としては、次のような順序で組み立てると現実的です。
- まず、自社の一人当たり粗利(付加価値)を過去3年分、数字で把握する。感覚ではなく数字で見ることが出発点です。
- 次に、その粗利を押し下げている「やらなくてよい仕事」を一つ特定し、やめる、または止める。手待ち・二重入力・過剰な社内会議などが典型です。
- 浮いた時間を、値上げ交渉・上位商品の提案・既存客の深耕など、粗利が増える仕事に振り向ける。
- 増えた粗利の一部を、明確なルールとともに賃金や賞与へ還元する。「増えた分をこう分ける」と先に約束しておくことが肝心です。
- この一連の流れを社員に開示し、「あなたの工夫が、あなたの報酬に返ってくる」という回路を見える形にする。
この回路が回りはじめると、賃上げは「配る」ものではなく「一緒に生み出して分け合う」ものに変わります。人が辞めないのは、この分かち合いの手応えがあるからです。
成果を生むのは「人」である
ドラッカーは明確に述べています。
「成果を上げるのは組織であり、組織を構成するのは人である。」
だからこそ、世界水準の人材と協働したいなら、世界水準の覚悟を示さねばならない。
賃上げとは、「あなたを単なる労働力としてではなく、価値創造の担い手として迎える」というメッセージなのです。
中小企業こそ、使命が問われる
ここで、あなたに問いかけます。
あなたの会社は、若者から“選ばれる理由”を言語化できていますか。
「うちは大企業じゃないから無理」
それは思考停止です。
ドラッカーはこう言っています。
「重要なのは規模ではない。使命である。」
中小企業だからこそ、
- 何のために存在するのか
- この会社で働くと、どんな成長ができるのか
- 社会にどんな誇りを持てるのか
を、社長自身の言葉で語れるかが問われます。
賃金以外で「選ばれる会社」になる三つの資本
中小企業は、初任給の絶対額で大企業と正面から張り合っても勝てません。しかし、勝負する土俵はそこだけではありません。若い人が会社を選ぶとき、実は次の三つを無意識に天秤にかけています。
- 成長資本――ここにいると、自分の腕が上がる。任される範囲が広く、経営者との距離が近い中小企業は、本来ここが最も強い。
- 意味資本――この仕事が、誰の、どんな役に立っているかが見える。地域や顧客の顔が見える中小企業の強みです。
- 関係資本――名前で呼ばれ、一人の人間として扱われる。大組織の歯車になりたくない人にとって、これは給与に匹敵する価値を持ちます。
この三つを言葉にし、面接や日々の対話で伝えられるようにするだけで、同じ給与水準でも選ばれ方が変わります。賃上げの原資づくりと並行して、必ず取り組む価値があります。
すぐにできる問いかけ
すぐできるアクションプランを一つ提示します。
来週、社員にこう聞いてください。
「うちの会社で働く意味を、君は友人にどう説明する?」
答えられなければ、それは社員の問題ではなく、経営の問題です。
この問いは、賃上げの前にやるべき「棚卸し」でもあります。社員が自分の言葉で会社を語れないなら、いくら賃金を上げても、その人は「金額」でしか会社とつながっていません。金額でつながった関係は、より高い金額を提示する会社が現れた瞬間に切れます。だからまず、意味でつながる回路をつくる。その上で賃上げを重ねると、賃上げが定着の力に変わります。
賃上げの裏にある「変革」の思想
ファーストリテイリングは賃上げ“だけ”をしているわけではありません。
事業定義を「情報製造小売業」と再定義し、学習し、変革し続けています。
これは原則②「変革を続ける会社」、原則④「学習・成長する会社」の体現です。
人は、成長できる場所に集まります。
そして成長の土台に、人間として尊重されているという実感が必要なのです。
ドラッカーの究極の問い
「この組織は、人を幸せにしているか。」
賃上げはゴールではありません。
人を活かす経営に本気で向き合っているかどうか、その覚悟が試されているのです。
まとめ
賃上げの本質は、金額の多寡ではなく、経営者がどんな思想で人と向き合うかの表明にあります。今回の要点を、明日からの経営に落とし込めるよう整理しておきます。
- 賃金はコストではなく、未来の成果を生む投資であり、思想のメッセージである。
- 人はもはや「雇われる」のではなく、どこで「協働するか」を自分で選ぶ。選ばれているのは会社の側だと自覚する。
- 賃上げと生産性は「どちらが先か」ではなく、粗利を見える化し、増えた分を還元する回路で連動させる。
- 中小企業は初任給の額では大企業に勝てないが、成長・意味・関係という三つの資本で選ばれることができる。
- 賃上げの前に、社員が自社を自分の言葉で語れるか――働く意味の言語化を点検する。
数字の裏にある思想を整えること。それが、人が辞めない会社への確かな一歩になります。
賃上げの本質に関するよくある質問
賃上げの本質とは、結局のところ何ですか。
賃金の金額を上げること自体ではなく、「あなたを単なる労働力ではなく、価値を生み出す協働の相手として迎える」という経営者の意思を、金額という形で表明することです。同じ昇給額でも、そこに込めた思想が伝わるかどうかで、人の定着はまったく変わります。
賃上げと生産性は、どちらを先にすべきですか。
順番を固定して考えると動けなくなります。おすすめは、一人当たり粗利を数字で把握し、やめる仕事を決めて時間を生み、その時間を粗利が増える仕事に振り向け、増えた分をルールに沿って還元する、という連動の回路をつくることです。賃上げと生産性を「同時に回す」設計が現実的です。
中小企業でも、大企業のような賃上げは必要ですか。
初任給の絶対額で大企業と張り合う必要はありません。中小企業には、経営者との距離の近さや裁量の大きさといった「成長資本」、顧客の顔が見える「意味資本」、一人の人間として扱われる「関係資本」があります。これらを言語化して伝えることで、限られた原資でも選ばれる会社になれます。
賃上げしても人が辞めてしまうのはなぜですか。
金額だけでつながった関係は、より高い金額を提示する会社が現れた瞬間に切れるからです。まず、社員が自社で働く意味を自分の言葉で語れる状態をつくり、その上で賃上げを重ねてください。意味のつながりの上に金額を乗せると、賃上げが定着の力に変わります。
賃上げの原資が足りない場合、何から手をつければよいですか。
まず自社の一人当たり粗利を過去数年分、数字で見ることから始めます。次に、やらなくてよい仕事を一つやめて時間を生み、その時間を値上げ交渉や上位商品の提案など粗利が増える活動に振り向けます。原資は「捻出するもの」であり、その過程を社員に開示することが、賃上げ以上の信頼を生みます。











